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耕洋丸船長 長友洪太 (平成13年2月1日)
昨年10月25日に下関出港以来、98日間の遠洋航海を実施し、平成13
年1月30日に無事帰港することができました。ひとえに乗船中の学生・乗組員
の協力ならびに水産大学校当局のご支援のおかげと感謝する次第です。
学生の作成したホームページ
には、航海中に学生から送られた情報をもとに色々なニュースが掲載され、
好評を得たとのことです。水産大学校や練習船のことを市民の皆様に知っていた
だく手段として有益だったものと確信いたします。学生からの情報と重複する事
も多々あるかと思いますが、船長の目から見たエピソードのいくつかを述べてみ
ます。
地球表面を南北及び東西の四半球に分割して考えてみてください。我々の住
む下関は北半球そして東半球にあります。これを第一象限の北東四半球と呼ぶこ
とにしますと、耕洋丸は四つの四半球全部を航海したことになります。これを順
を追って紹介してみます。
1.ハワイに向けて
10/25〜11/9
2.アカプルコへ
11/15〜11/27
3.赤道通過・・・いよいよマグロ実習! その後パペーテへ
12/2〜12/21
4.オークランドへ
12/25〜1/5
5.いよいよ日本へ
1/11〜1/30
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家族・友人・学校職員等、沢山の人たちに見送られて出港した耕洋丸は、関
門海峡東口を経由して外海に出て、針路を109度として一路ハワイ諸島へ向け
ました。
昨年度の「シケ」を避けて南よりの針路とした今航海は、穏やかな天候に恵
まれて順調に航行できました。ハワイまでの航程では学生諸君が大洋航海に慣れ
ることがまず一番ですから、特別なイベントは計画してありませんでした。しか
し、日本を長期に離れる不安があるのか、精神的ダメージで体調を崩す学生も数
人発生し船医のお世話になっていたようです。
11月3日早朝に東経180度の「日付変更線」を通過しました。
本来ならば11月4日になるのですが、東半球から西半球へ入る時には同じ
日付を繰り返すことになり、11月3日が2回ありました。もしこの日が誕生日
の人は一気に2才年を取るのでしょうか?耕洋丸はこの日から第2象限の北西四
半球へ入りました。
順調な航海が続いたために、予定より1日早い入港が可能であることが現地
代理店との交信で判明し、発表すると船内には歓声が上がっていました。
11月9日、「憧れのハワイ航路」を踏破してホノルルへ入港した学生諸君
は、入港手続きが終了次第、一斉にワイキキ目指して上陸していきました。
ここでは、日系人の方々と船上パーティーやアラモアナ公園でのピクニック
等で交流を深め、また有名なポリネシア文化センターでのショー見物等でハワイ
を満喫していました。
11月15日にホノルルを出港した耕洋丸は、メキシコのアカプルコへ向け
て東へ東へと進み、11月27日にようやく太平洋を横断してアカプルコへ入港
できました。
当地はアメリカ人・カナダ人の避寒地として有名な所ですが、東洋人好みの
観光地や施設が無いせいでしょうか、日本料理店が一軒あるだけで世界を席巻す
る中華料理店・韓国料理店が一軒もなく、東洋人の姿がありません。
偶然に韓国海軍艦隊が入港したので東洋人が溢れはしましたが。日本のお金
が換金できない銀行が有るほどですから、如何にも東洋人には不向きな所なので
しょう。
それでも我々は往復約500キロのバス旅行を決行し、TAXCO(タスコ)
と云う、かつては銀の採掘で賑わった山中の小さな町を訪ねました。
現在は観光地としてクローズアップされて観光客も多く、銀細工品の店が軒
を並べていました。また途中では日本では見ることの出来ない樹齢150年程の
巨大なキャンドルサボテンが林立する光景を楽しみました。
皆、不慣れなスペイン語に四苦八苦しながらのアカプルコでした。
<赤道通過・・・いよいよマグロ実習! その後パペーテへ>
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アカプルコを出港し、メインイベントの一つ「マグロ操業実習」海域へ向か
うため針路を南に取りました。
12月6日夜半に赤道を通過し、我が耕洋丸は第3象限の南西四半球に入り
ました。いよいよ南半球です。
赤道を通過するには「海神」の許可を得なければなりません。本船でも船尾
甲板の即席ステージで開かれた「赤道祭」で、学生が扮する「海神」から船長が
赤道通過のキーを頂き、南半球へ入ることを許されました。この日の午前中には
餅つきのイベントも行いましたが、学生諸君は初めてみる臼や杵を使って餅つき
を楽しんでいました。
12月10日早朝からいよいよ「マグロ操業実習」が始まり、16日までの
7日間、学生・乗組員が一体となって実施した結果は、近年にない大漁を記録し
て一同大喜びしたことでした。
12月20日、ごつごつとした岩山ときれいなサンゴ礁に囲まれたパペーテ
へ入港しました。
当地はフランス領ですから、街角の風景には一見フランスを思わせる雰囲気
があります。学生諸君もカフェの店先に席を取り、ワインを飲み、フランスパン
を食べてフランス気分を味わっていました。ここでも三つ目の外国語のフランス
語に悩まされていました。
25日にパペーテを出港し、西へ針路を取り「日付変更線」へ向かいました
。
12月30日に日付変更線上に到着し、船内では日付を1日スキップして1
2月31日としました。今回は西半球から東半球へ入るので1日無くなってしま
うのです。当日が誕生日の人は年をとりません?
日付変更線上に漂泊した耕洋丸では、31日ミッドナイト直前から、船橋に
集まった学生諸君と共にカウントダウンをし、2001年1月1日ジャストに「
年男」達の手によって汽笛が吹鳴され、21世紀がスタートしました。そして、
05時47分の初日の出を待ちましたが、水平線の雲に遮られてその瞬間はダメ
でしたが雲間から覗いた初日の出に歓声を上げて新世紀のスタートと正月を祝っ
たことでした。
その後、第4象限の南西四半球を南下し、1月5日にニュージーランドのオ
ークランドへ入港しました。
ご存じの通り人間より羊や牛の数が多い国です。また、火山国でもあり郊外
の温泉保養地では温泉プールで楽しむ家族連れの姿がありました。
ここでは、非常勤で乗船してもらった船医の奥様が旅行で来られ、当地でデ
ートと云うハプニングもありました。またカジノで一攫千金を夢見た諸君もいた
ようですが、結果はどうだったでしょうか?
1月11日にオークランドを出港した耕洋丸は、19日には赤道を通過して
再び北東四半球へ戻ってきました。 学生諸君はレポート作成その他の実習も最
後の一踏ん張りでしたが、順調に仕上がったようでした。
23日になると船舶電話圏内に入り、家族や友人との連絡を取る人で電話室
には列ができていました。内地のニュースもどんどん入るようになり、船内は入
港準備に忙しくなりましたが、気持ちは前へ前へと船脚も早くなり、1月30日
に無事に下関へ帰港できた次第です。
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