研究紹介:「魚の旨味と機能性をアップさせる『発酵餌』について」
〜松下教授に聞く〜


2010年5月7日 掲載

今日は、『下関フードテクノフェスタ2010&食品科学科オープンキャンパス』(6月5日開催)に出展予定の『発酵餌』について、松下先生にインタビューしました。

(インタビュア) 松下先生、こんにちは。本日紹介していただくものは、ちょっと変わっていますね。『発酵餌』とは何ですか・・・

(松下先生)
 漁船などで一緒に網にかかって水揚げされても、商品価値のない魚介類(混獲魚)は、そして、水産加工場から出る残渣は、廃棄物として通常は捨てられる運命にありますが、それを有効活用しているのが、この『発酵餌』です。実は、この『発酵餌』は株式会社三六九(大分県杵築市)の宮本久氏とその息子さんの宮本浩邦氏(日環科学株式会社:千葉市)が発明したものです。

商品にならない小魚などの廃棄される魚

 
好熱菌発酵産物の入った『発酵餌』

(インタビュア) 水産大学校食品科学科との関係を、もう少し具体的に詳しく教えてください・・・
(松下先生)
 宮本さん親子は、大分県の杵築湾で獲れる商品にならない魚介類を好熱菌で高温発酵させて発酵物を生産し、これを添加した家畜飼料や水産養殖用の飼料を研究し、事業化してきました。三〜四年前から、水産大学校食品科学科の松下・田中研究室と繋がりができ、魚の肉質に与える『発酵餌』の影響についての研究が始まりました。良い肉質の魚が得られると科学的に証明されれば、この餌で飼育した魚に付加価値がつき、ブランド力のアップが期待できます。

(インタビュア) どの様な研究でしょうか?・・・
(松下先生) まず、ヒラメで試してみました。ヒラメの筋肉(食べる部分)中に含まれる遊離アミノ酸の量を分析したところ、旨味の元となるアミノ酸である「グルタミン酸」と健康機能性(動脈硬化・心疾患予防、胆石予防、血圧の調整、コレステロールの排泄、肝機能改善)を有する「タウリン」が増加していることがわかりました。

   
『発酵餌』で飼育したヒラメは・・・

ヒラメの肉質(遊離アミノ酸)の変化

(インタビュア) そのヒラメは、どこのどんなヒラメでしょうか?・・・
(松下先生) 大分県佐伯市の蒲江地区は、日本一の養殖ヒラメの産地ですが、そこにある河内水産有限会社では、この『発酵餌』でヒラメの陸上養殖を行なっています。この『発酵餌』で飼育すると、飼育水槽中の水質(濁度、BOD、浮遊物質量、全窒素量)が良く保たれ、この飼育環境の良さが、病気魚・死魚の出現割合の低減につながっています。この『発酵餌』で飼育したヒラメと、その比較相手として、普通の養殖ヒラメを水産大学校に送ってもらって、筋肉中の遊離アミノ酸を分析したところ、上述の素晴らしい結果を得たわけです。特許出願(特願2009-240855)と論文の出版(Tanaka R他, J Gen Appl Microbiol, 56, 61-65, 2010)も行ないました。

(インタビュア) この様な効果は、ヒラメに限ったことでしょうか?・・・
(松下先生) 我々も、その点に興味がありましたので、生物生産学科の近藤先生からコイを分けてもらい、実験室レベルでの飼育実験を行ないました。好熱菌発酵産物を添加した『発酵餌』で6ヶ月間飼育したコイの筋肉中の遊離アミノ酸を調べると、旨味系アミノ酸であるグルタミン酸とアスパラギン酸の量が大きく増えていました。また、甘味系アミノ酸では増加が、さらに驚いたことに、苦味系のアミノ酸のイソロイシンやフェニルアラニンではむしろ減少が観察されました。

          
『発酵餌』でコイを飼育中・・・

(インタビュア) ヒラメの結果をサポートするものですね。
(松下先生) そうです。ヒラメでみられたように、良い味(旨味、甘味)が増大する方向への変化が見られました。さらに、ポリフェノール様物質の量が増加し、それと一致して、抗酸化能(DPPHラジカル消去活性)の増大も認められました。したがって、「『発酵餌』で飼育することにより、「呈味性」および「健康機能性」の増大した生鮮魚肉が得られる」というコンセプトを提示することができました。

(インタビュア) 『発酵餌』で飼育すると、体内ではどの様なことが起こっているのですか?・・・
(松下先生) 実際に糞を採って解析してみると、腸内細菌相を大きく変化させていることがわかりました。わかりやすく言えば「ヨーグルトの様なもの」と考えてください。私たちの食べるヨーグルト(ビフィズス菌入り)は、私たちの腸内環境を整える「プロバイオティックス効果」があるので健康に良いと言われています。好熱菌発酵産物を添加した『発酵餌』も同様に、魚の腸内環境を整えて、魚に良い影響を与えているのだと思います。

 
腸内細菌の遺伝子を電気泳動法で解析すると違いが・・・

(インタビュア) なるほど、何となくわかる気もしますが・・・
(松下先生) 『発酵餌』の哺乳類の生理に与える具体的な影響についても、現在検討中です。好熱菌発酵産物を添加した水を3ヶ月間飲ませたネズミ(ラット、マウス)から腸管を取り出して、遺伝子レベルの変化を「マイクロアレイ」という手法で解析しています(日環科学蝓∪虱嫗膤悄⊃綮座膤惺擦龍ζ浦邏函法

(インタビュア) 「マイクロアレイ」とは何ですか?・・・
(松下先生) 「網羅的遺伝子発現解析法」というものですが、ごく簡単に説明しましょう。生物の体内で起こる「生理反応の変化」は多くの場合は「たんぱく質の変化」に依存しています。その「たんぱく質の変化」は、「遺伝子の発現の変化」に現れてきます。さて、「遺伝子」はたんぱく質の「設計図」ですから、「遺伝子の発現」は、例えて言うなら、「(たんぱく質合成の)作業指図書」に相当します。つまり、「遺伝子発現の変化」は「(たんぱく質合成の」作業指図書の変化」を通じて、生体の「生理反応の変化」と密接に関連していることになります。遺伝子の数は非常に多く、万の単位で存在していますので、従来の一つ一つ調べる法では全部調べるのは不可能でしたが、近年バイオ研究分野に導入された画期的研究手法である「マイクロアレイ」を用いると、「遺伝子の発現の変化」を一挙に調べることができる様になりました。

Affymetrix社のマイクロアレイ(遺伝子チップ)

(インタビュア) 「マイクロアレイ」では、何かわかりましたか?・・・
(松下先生) まだ解析が全部済んではいませんが、少なくとも、「免疫系の活性化」を促し、「代謝性機能を調節」する可能性があることがわかり、さっそく、「ヒトおよび動物(魚類を含む)のプロバイオティクス・食品あるいは医薬品」としての特許申請(特願2010-028204)を行なったところです。

(インタビュア) 『発酵餌』は単なる魚の餌だけではなく、もしかしたら、人間にとっても有用なものという可能性を秘めているわけですね。今日はおもしろいお話をどうもありがとうございました。

 

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